広報の仕事、とりわけマスメディアとの関係性を説明するとき、基本的な考え方や具体的な事例だけでなく、y=ax という関数を下敷きにした説明を加えるようにしている。広報のように毎日さまざまな相手と込み入った案件を扱う仕事を理解するには、その仕事の内容をいったん抽象化することで本質を捉える必要があると考えるからだ。
これは2003年に新潮新書から出版された養老孟司著「バカの壁」にヒントを得ている。この本にこんなことが書いてある。人間は脳に情報が入ってくると(入力)、基本的には何らかの反応をする(出力)。入力から出力の間に、脳は情報を回して動かしている(係数)。この係数がプラスかマイナスかによって、出力としての反応や行動が変わってくる。式で表すと、
y=ax
xが入力、yが出力、aが係数である。著者は、ここでいう係数のことを「現実の重み」と呼んでいる。係数は、人によって、あるいは情報によって違ってきて、これがゼロになると、人や組織や国家の間で、話しても通じないという現象が生じるというのである。
このy=axという入出力モデルは、企業や組織の様々な取り組みを発信して社会とよい関係を築いていく広報のプロセスにも当てはまる。組織として発信したい情報を入力して(x)、メッセージや発表物として出力する(y)。メディア対応を例にとれば、yはプレスリリースや取材対応、記者会見などである。
しかし、情報をそのまま出力したのではダメだ。入力した情報に対して、社会の要請や世の中の流れをふまえた価値を係数(a)として乗じたうえで出力する。つまり、その発信したい情報の社会的価値を言語化して、情報の価値を明確にする必要がある。発信する企業や組織による重みづけだ。この作業は広報の仕事の最も重要なプロセスのひとつであろう。この作業を怠ると、メディア対応の初めの一歩でつまずいてしまう。
さらにメディア対応の業務では、もうひとつの入出力モデルを意識しなければならない。
z=by
企業や組織から出力された(y)は、あくまでもニュースの素材として出力されただけであって、この時点ではニュースではない。ニュースとして報道されるためには、さらに記者の価値判断という関所を通らなくてはならない。
メディアにとって、企業や組織からプレスリリースや取材対応、記者会見などを通じて出力された情報は、ニュースの素材のひとつとして入力されるにすぎない。メディアは取材や情報提供による入力情報 (y) に、所属するメディアあるいは記者個人の価値判断や問題意識を係数 (b) として乗じて、最終的にニュース (z) として出力する。この係数は記者による重みづけで、それによって出力が変わる。b>0のときに中立的あるいは好意的なニュースに、反対にb<0のときは否定的なニュースになる可能性が高い。b=0だとニュース価値なしと判断されて出力されない。
広報の仕事、とりわけメディア対応の業務においては、y=axおよびz=by という2つの入出力モデルを理解することが不可欠だ。情報の社会的価値(係数a:組織の重み)をいかに引き出し、記者の価値判断(係数b:メディアの重み)にいかに関与できるか。ここに広報担当者の力量が求められる。2つの入出力モデルをまとめてz=abxとしてみても、そのことがよくわかる。自ら発信したyが消えてしまったことにも、広報の仕事の特性が表れているんじゃないかと思います。